ある時を境に変貌を遂げる。
かつて知恵を授かり幾多の困難に立ち向かう彼を、
勇者のように称える時代があった。
人知れず傷付き朽ち果てるまで、誰しもが疑うこと無く。
その存在が消え去る時まで英雄として語り継がれていた。
分け与えた知恵は新たな芽となり、
差し出した力は希望の光を差し込み、
その歩みは新たな道を生み出した。
見返りなど求めず、行き様のあるがままを示すように。
やがて辿り着いた先は無の世界。
全てを与え尽くした彼に与えられた試練。
もはや勇者でも英雄でも無く、立ち尽くすだけの個となりて、
静かに安らかなる終焉を受け入れる潔さが求められていた。
後戻りなど出来ない現実と向き合う中で、
かつてない迷いがその身を引き裂こうとしている。
彼は思った。
「私は何者だ」
何者でも無い自分こそが自分なのか。
使い果したあの経験値は通用しない。
まだ知り得ない世界を模索する覚悟はあるか。
重く閉ざされた扉を前に息を飲んだ。
何もかも飲み込む暗黒の世界。
漆黒の闇に差し込む一筋の光は進むべき道なのか。
それとも誘惑に身を委ねるように堕ちていくべきか。
失うものなどもはや残されていない。
恐れる気持ちこそが、新たな世界を生き抜く鍵なのだ。
勇者の称号を過去の世界に留め、彼は自ら愚者となった。
溺れることも埋もれることも厭わず、光を頼りに放浪し続けた。
無の世界は多くの闇が合わさって形を成していた。
木漏れ日のような場所やオアシスも無いわけではない。
全て塗り潰された空間に存在し、見えなくなっているのだ。
英雄は死んだ。
勇者の限界を自ら決めてしまった日に。
そして彼は愚者として生き続ける。
伝説を残しながら静かに。
眠らない街のどこかで。
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