2019年2月7日木曜日

勇者から愚者へ

ある時を境に変貌を遂げる。

かつて知恵を授かり幾多の困難に立ち向かう彼を、
勇者のように称える時代があった。
人知れず傷付き朽ち果てるまで、誰しもが疑うこと無く。
その存在が消え去る時まで英雄として語り継がれていた。

分け与えた知恵は新たな芽となり、
差し出した力は希望の光を差し込み、
その歩みは新たな道を生み出した。
見返りなど求めず、行き様のあるがままを示すように。

やがて辿り着いた先は無の世界。
全てを与え尽くした彼に与えられた試練。

もはや勇者でも英雄でも無く、立ち尽くすだけの個となりて、
静かに安らかなる終焉を受け入れる潔さが求められていた。

後戻りなど出来ない現実と向き合う中で、
かつてない迷いがその身を引き裂こうとしている。
彼は思った。
「私は何者だ」
何者でも無い自分こそが自分なのか。
使い果したあの経験値は通用しない。
まだ知り得ない世界を模索する覚悟はあるか。

重く閉ざされた扉を前に息を飲んだ。

何もかも飲み込む暗黒の世界。
漆黒の闇に差し込む一筋の光は進むべき道なのか。
それとも誘惑に身を委ねるように堕ちていくべきか。
失うものなどもはや残されていない。
恐れる気持ちこそが、新たな世界を生き抜く鍵なのだ。

勇者の称号を過去の世界に留め、彼は自ら愚者となった。
溺れることも埋もれることも厭わず、光を頼りに放浪し続けた。
無の世界は多くの闇が合わさって形を成していた。
木漏れ日のような場所やオアシスも無いわけではない。
全て塗り潰された空間に存在し、見えなくなっているのだ。

英雄は死んだ。
勇者の限界を自ら決めてしまった日に。
そして彼は愚者として生き続ける。
伝説を残しながら静かに。
眠らない街のどこかで。





0 件のコメント:

コメントを投稿