2019年8月3日土曜日

追憶は儚き夢のその先へ

学校であれば春が卒業のシーズンだが、それ以外であれば自分でひとつの節目として「卒業」という選択肢を迎える人もいる。
何だかの「業界」に所属し辞めるのであれば卒業という表現もありであろう。

ある人の「卒業」が発表され、後日粛々と実行された。
されたらしいが正解なのかも知れないが、直接関わってきた訳ではないので、現実的に「消滅」した情報をみて受け取っただけなのだが。

このブログを開設したころだったかな。
偶然見つけた書き込みの斬新さと時に見せる切なさ。
常に何かと戦ってる状態にあったり、とにかく変わりやすい天気のような書き込みに興味があったが、それ以上何を求めるでもない。
勝手に生存確認しているみたいな感じでしたね。

一度だけDMでブログ見てます的な事を送ったら、返事が来たなぁ。
短いコメントだったけど、ありがたかった。

でもその一度でそれ以上関わる事はなく過ぎ・・・。
その人は決断の日を「卒業」と位置付け迎えたのでした。

会うこともなく、この先も何もなく、でもどことなく近い存在だったその人の卒業。
おめでとうではなく、お疲れ様なのかな。

人生の分岐点に卒業を当てはめることはかなりの決断だと思う。
自分は色々道半ば。
卒業といえる節目は遠い気がする。

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