犠牲者が出る前に出来ることへの布石はあまり語られず、法の元の裁きを受ける事で罪を償えば良いとさえ言う
内容が加害者のおかれた境遇に寄り添えるものであれば、幾分かは理解も出来るが、必ずしもそうでないケースが多い
思い余ってと言うには、社会が悪いだの、周りが認めてくれないだの、自己中心的になっているケースも多いからである
心理学者が後付けで語るのは、後出しじゃんけんであって、ごもっともな意見であるが、犯罪抑止になる提言が出来ていないことも、法治国家である我が国の弱さとも見てとれる
つい先日電車内での無差別刺傷事件があった。
電車内という密閉空間で逃げ場はない。それを認知しての犯行だという。動機も自己中心的な歪んだ感情であり、前もって凶器を準備しているので、計画性も見受けられる。情状酌量の余地など微塵もない。死者が出なかったのが不幸中の幸いという言い方もあるが、被害に遭われた方の肉体的・精神的傷は決して癒えるものではない。
現行法では何年の量刑が付くのだろう。殺人未遂。傷害。銃刀法違反。放火未遂。鉄道法や威力業務妨害にも抵触するとして、15年の実刑だろうか。
例え20年付いたとしても、極刑(あり得ない)が付いたとしても納得できる訳ではない。無関係の罪なき人が受けた痛みは、法の裁きで解消される訳ではない。しかし、武士の時代のように仇討ちや仕返しが合法でない以上、司法によって罪を償う決定を下して貰うしかないのである。
かつて、映画でこれから犯罪を起こす人間を予測し、前もって身柄を確保するといった題材の作品があった。現実的には人道的に無理があるが、明らかに犯罪傾向が強く監視対象となるケースであれば、それに対して行動の制限などの予防処置が行われる時代が来るのだろうか?
何か起こってからでは遅い。
そして法が万能であるとも言い難い。
何かに巻き込まれないように。巻き込まれそうになっても、臨機応変に対処できるように自己防衛するしかないのが、今の時代である。
そうは言っても、こんな通り魔的犯行は防ぎようがない。出くわしたらどうするのか?そこを考えるべきか。