クリスマスシーズンにお目見えする街の灯り。
街路樹に飾られたイルミネーション。
この辺りにもかつては日本最大級と称された大通りがある。
こういうものは毎年競争となり、規模の拡大に追い付けなくなり順位を下げてしまうのだが、そういう平和な争いであっても無理に競り合う必要もないというのがごもっともな見解である。
以前のように薄暗がりの日没から深夜0時頃まで煌々と照らされていた時代は終わり、今は短くなったと聞く。節電や経費削減の意味合いもあるようだが、人通りも激減しているのが要因のひとつらしい。
日中でも閑散としている商店街が両脇にある駅前は、夜に人を集める要素を持たない。少し離れた飲み屋街は、酔っぱらいがふらつきながら闊歩している姿ばかり。いつでも見れる看板の灯りを頼りに歩いている。
年明けの夜に偶然駅前を車で通過した。
やけにきらびやかな灯りが視界の隅に飛び込んでくる。
そのまま通り過ぎて、2つ先の交差点から戻ってみた。
駅前はまだイルミネーションを光らせている。
クリスマスシーズンだけで終わっていた時代から、Newyearを演出する時代へ変化したのだろう。
眩い光の元に集まる人はほぼいない。
行き交う車の列も少なく、幻想的な灯りだけが目立って見えた。
一人でもこの光の森で幸せな気持ちになれれば良いかなと思った。
2020年1月4日土曜日
2020年1月3日金曜日
賑わう街に繰り出してみたけれど
新年早々冷蔵庫のストックは少なく、せめて今夜のおかずぐらい調達せねばと買い出しに出掛けた。
今日は県内有数の天神様があるところ。いわゆる学業の神が奉られているお宮の麓の町である。
普段はさほど人で賑わっている印象もないが、今日はさすがに人で溢れかえっている。参拝帰りの家族連れだろうか。年末年始を故郷で過ごした人達だろうか。ほんの少しお洒落な装いの人たちが行き交っている。福袋などのセールは昨日までに終わっているのだろう。大きな荷物は普通の紙袋が殆どだ。徐々に財布の紐も通常に戻りつつあるのを、流れ行く人たちを見ながら感じる。
食材以外に買い物の目的がない中で、この人出はきつい。
個人的にはそうとしか思えない新年の休日。
今日は県内有数の天神様があるところ。いわゆる学業の神が奉られているお宮の麓の町である。
普段はさほど人で賑わっている印象もないが、今日はさすがに人で溢れかえっている。参拝帰りの家族連れだろうか。年末年始を故郷で過ごした人達だろうか。ほんの少しお洒落な装いの人たちが行き交っている。福袋などのセールは昨日までに終わっているのだろう。大きな荷物は普通の紙袋が殆どだ。徐々に財布の紐も通常に戻りつつあるのを、流れ行く人たちを見ながら感じる。
食材以外に買い物の目的がない中で、この人出はきつい。
個人的にはそうとしか思えない新年の休日。
2020年1月2日木曜日
どこかにある
幸せの基準は人それぞれ。
幸せの国と言われる「ブータン王国」は国民の殆どが幸福だと感じているという。その国のことはよく知らないが、先進国ではない小国であるに関わらず幸せであると言いきれるのは、人として崇高な感情共有が出来ている証だろう。
新しい年を迎えるにあたり目標をたてたいところだが、果たしてその目標が自分を幸福に導くものか考えると難しい。
スタートラインを引けばおのずとゴールを目指さなければならない。
低く見積もって達成できたとしても、得られる満足感も乏しいものだ。
それよりもどこかにある幸せをひとつずつ拾っていこう。
そう思う年明けの朝だった。
幸せの国と言われる「ブータン王国」は国民の殆どが幸福だと感じているという。その国のことはよく知らないが、先進国ではない小国であるに関わらず幸せであると言いきれるのは、人として崇高な感情共有が出来ている証だろう。
新しい年を迎えるにあたり目標をたてたいところだが、果たしてその目標が自分を幸福に導くものか考えると難しい。
スタートラインを引けばおのずとゴールを目指さなければならない。
低く見積もって達成できたとしても、得られる満足感も乏しいものだ。
それよりもどこかにある幸せをひとつずつ拾っていこう。
そう思う年明けの朝だった。
子供と動物とお色気
お正月のテレビが様変わりしている。
時代の流れとしか言えないが、実につまらないものばかりである。
定番となった年末恒例番組は健在だが、年が明けてのゴールデンは収録済みの特番ばかり。中には寄せ集めのVTRを編集しているだけの番組で、見たことがある映像を新年早々見せつけられる拷問状態である。
働き方改革なのか。少ない予算でのやりくりなのか。コンプライアンスに傾倒した結果なのか。ネットに色々奪われた結果なのか。
どれも含めて番組作りが行われるのであろうが、寂しいばかりである。
TV業界のヒット番組三種の神器と言えば、「子供と動物とお色気」と言われていた。お笑いや歌番組、ドラマやドキュメンタリーなどヒット番組は多いが、その反面不発も多い。間違いなく数字が取れるのは「子供と動物とお色気」なのである。
「可愛い」と「エロい」は無敵なのだ。
但し昨今「エロい」は地上波から撤退を余儀なくされている。
一年中、昼夜を問わず何処かで見ることが出来た「エロい」は、深夜枠へと追いやられ消えていったのである。
その分、「・・・っぽい」が微かに重宝されている。
「キャッチフレーズ」でそれとなくエロさを印象付け、発言やしぐさで彷彿とさせるポジションである。
代表格と言えば壇蜜さん。後追いで橋本マナミさん。そんなところだろうか。しかし両者とも昨年結婚を発表し、一定の役割を終えた感がある。壇蜜さんは自己発信的キャラのような一面があるので、今後も一定の妖艶さと意味深発言で活躍を期待できるが、橋本マナミさんに至っては、事務所主導のキャラ設定を公言しているだけに、そういうキャラは崩壊していくだろう。
新たな「・・・っぽい」キャラが誕生するのだろうか?
狭まっていく地上波の枠組みに食い込める程の逸材はそうはいない。
「子供と動物」でお茶を濁すお正月特番よりネットに頼った方が得策であるのかも知れないが、家族団らんの憩いの場には魔法の箱だったTVはやはり欠かせないのである。
もうちょっと頑張って欲しいものである。
時代の流れとしか言えないが、実につまらないものばかりである。
定番となった年末恒例番組は健在だが、年が明けてのゴールデンは収録済みの特番ばかり。中には寄せ集めのVTRを編集しているだけの番組で、見たことがある映像を新年早々見せつけられる拷問状態である。
働き方改革なのか。少ない予算でのやりくりなのか。コンプライアンスに傾倒した結果なのか。ネットに色々奪われた結果なのか。
どれも含めて番組作りが行われるのであろうが、寂しいばかりである。
TV業界のヒット番組三種の神器と言えば、「子供と動物とお色気」と言われていた。お笑いや歌番組、ドラマやドキュメンタリーなどヒット番組は多いが、その反面不発も多い。間違いなく数字が取れるのは「子供と動物とお色気」なのである。
「可愛い」と「エロい」は無敵なのだ。
但し昨今「エロい」は地上波から撤退を余儀なくされている。
一年中、昼夜を問わず何処かで見ることが出来た「エロい」は、深夜枠へと追いやられ消えていったのである。
その分、「・・・っぽい」が微かに重宝されている。
「キャッチフレーズ」でそれとなくエロさを印象付け、発言やしぐさで彷彿とさせるポジションである。
代表格と言えば壇蜜さん。後追いで橋本マナミさん。そんなところだろうか。しかし両者とも昨年結婚を発表し、一定の役割を終えた感がある。壇蜜さんは自己発信的キャラのような一面があるので、今後も一定の妖艶さと意味深発言で活躍を期待できるが、橋本マナミさんに至っては、事務所主導のキャラ設定を公言しているだけに、そういうキャラは崩壊していくだろう。
新たな「・・・っぽい」キャラが誕生するのだろうか?
狭まっていく地上波の枠組みに食い込める程の逸材はそうはいない。
「子供と動物」でお茶を濁すお正月特番よりネットに頼った方が得策であるのかも知れないが、家族団らんの憩いの場には魔法の箱だったTVはやはり欠かせないのである。
もうちょっと頑張って欲しいものである。
初夢.com
今朝は早くに目が覚めてしまった。
仕事最終日なのに。後一時間はゆっくり出来ただろうに。
眠りについてからひたすら夢を見ていた気がする。
夢を見るということは眠りが浅いということ。
微かな記憶に辿れば、今朝の夢は異質なものだったと思う。
その夢から逃れる唯一の手段は目覚めること。そう判断したのであろうか。
新年最初に見る夢を「初夢」という。
夢の中に「一富士、ニ鷹、三なすび」と言って、縁起が良いとされるこれらが出てくると、一年が幸せに過ごせると言い伝えられているが、まぁ出たためしがない。
映画で「トータルリコール」という作品がある。
アーノルド・シュワルツェネッガー主演のSF作品で、好きな夢を見る店のような場所が出てくるシーンがある。映画の中では、夢ではなく、そこで現実と過去の記憶がリンクしていき、自分の本来の役割を知る事となる所からストーリーが展開していくような話だった気がする。
そう考えれば、初夢ぐらい自分好みの夢を見たいものだと思う。
悪夢などは勘弁願いたいのだ。
但し夢を好きなように操作できてしまえば、ひたすら眠りについてしまいそうだ。常に自分に有利な非現実は、愚かな自分を許し続けるであろう。
そう考えると、今年の初夢は戒めなのか?
新年早々、自分に厳しいなどと思うばかりである。
仕事最終日なのに。後一時間はゆっくり出来ただろうに。
眠りについてからひたすら夢を見ていた気がする。
夢を見るということは眠りが浅いということ。
微かな記憶に辿れば、今朝の夢は異質なものだったと思う。
その夢から逃れる唯一の手段は目覚めること。そう判断したのであろうか。
新年最初に見る夢を「初夢」という。
夢の中に「一富士、ニ鷹、三なすび」と言って、縁起が良いとされるこれらが出てくると、一年が幸せに過ごせると言い伝えられているが、まぁ出たためしがない。
映画で「トータルリコール」という作品がある。
アーノルド・シュワルツェネッガー主演のSF作品で、好きな夢を見る店のような場所が出てくるシーンがある。映画の中では、夢ではなく、そこで現実と過去の記憶がリンクしていき、自分の本来の役割を知る事となる所からストーリーが展開していくような話だった気がする。
そう考えれば、初夢ぐらい自分好みの夢を見たいものだと思う。
悪夢などは勘弁願いたいのだ。
但し夢を好きなように操作できてしまえば、ひたすら眠りについてしまいそうだ。常に自分に有利な非現実は、愚かな自分を許し続けるであろう。
そう考えると、今年の初夢は戒めなのか?
新年早々、自分に厳しいなどと思うばかりである。
2020年1月1日水曜日
New year
明けましておめでとうございます。
2020年スタートしました。
昨日と何ら変わらない朝を迎えた訳ですが、何かに繋がれば新年を祝う言葉が飛び交って、新しい年になったのだと感じます。
さて、新年には「今年の抱負」などしたためて、自分を奮い立たせるような風習もありますが、特になく緩くいきたいと思います。
取り敢えずは健康で幸せな一年であればと願います。
今年もよろしくお願いいたします。
2020年スタートしました。
昨日と何ら変わらない朝を迎えた訳ですが、何かに繋がれば新年を祝う言葉が飛び交って、新しい年になったのだと感じます。
さて、新年には「今年の抱負」などしたためて、自分を奮い立たせるような風習もありますが、特になく緩くいきたいと思います。
取り敢えずは健康で幸せな一年であればと願います。
今年もよろしくお願いいたします。
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